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同期会・クラス会

開催状況(報告を受けたもののみ記載)

2006年度 11期 同期会
2005年度 27期 同期会
2004年度 19期 3年1組 13期 3年1組 51期 同期会
2003年度 31期 3年2組
2002年度 14期 3年6組 15期 3年3組 16期 3年4組
2001年度 2期 同期会 3期 同期会 5期 同期会 8期 同期会 9期 同期会
10期 同期会 16期 同期会 24期 同期会 27期 同期会 42期 同期会
11期 3年2組 24期 3年6組 28期 3年3組    
2000年度 3期 同期会 4期 同期会 20期 1年1組 24期 3年6組

◆2006年度

11期 同期会   written by 坂田瑩子(旧姓原田)

あいにくの空模様だったが、六月十一日(日)、私たち十一期生は、はじめての同期会を楽しんだ。実に四十三年ぶり。会場は横浜プリンスホテル孔雀の間、八十一名の出席者だった。
三月中頃、軽いのりでスタートした同期会の準備だったが、あっという間に各クラスの幹事が決まり住所録作成にとりかかった。幹事以外の人たちの協力もあり、そのあとはとんとん拍子。たいした問題もおきず当日にのぞんだ。
なにそろ四十三年ぶり、自分のクラスの人は分かっても違うクラスとなると誰が誰やら。
となると常識的には名札をつけることになるのだが、一人の男子のアイデアで”あの時は君は若かった”のタイトルのもと出席者全員の顔写真(卒業アルバムから)と校歌、卒業当時と現在の金高の正面門、八景駅付近などの写真を刷り込んだパンフレットを作った。
おかげでこの顔写真を見ながらお互いを確かめあい、再びの出会いを楽しみ、途中ピアノ伴奏で校歌を熱唱、沢山あった料理には目もくれず、ただただしゃべり、笑い、あっという間に過ぎた二時間だった。閉会後、全員集合とクラスに分かれての記念撮影。
そして解散。多くの人が二次会へと足を運んだ。
後日、集合写真、スナップ写真、寄せ書きのコピーを全員に郵送。
写真で残されたみんなの素敵な笑顔を封筒に入れながら、幹事たちはまたまた盛り上がり発送作業もたのしいひとときであった。
また会費から紫朋会に二万円寄付できたこともこの紙面を借りて十一期生のみなさまにご報告します。

◆2005年度

27期 同期会   written by 若林佳子(旧姓正木)

真夏の二十七期 同期会 。
27期(昭和54年3月卒業)の第二回同期会が、平成17年7月31日(日)に品川プリンスホテルで開かれました。
暑さ真っ盛りの中、31名の同期生が集まり、西村隆之君の開会挨拶と乾杯の音頭で4年ぶりの会が始まりました。
なかには27年ぶりに顔をあわせたメンバーもいましたが、まったく変わっていなかったことが不思議なくらいでした。
今回は、原(黒宮)芳枝さんの子どもさん(三才と六歳の女の子)も参加してくださり、会場にかわいい花を咲かせてくれました。
当日の話題は、「家族・子ども・仕事」等いろいろでしたが、とにかく三時間に渡ってみんなで歓談し、ストレス発散!
久しぶりに身も心もさっぱりとした一日でした。卒業後、各々進んだ道はさまざまですが、みんな人間的に立派になって、「さすが金高の仲間たちはすごい!」という感じでした。
今川茂樹君の一本締めで散会し、二次会はカラオケで楽しみました。
今回の同期会の案内が届かなかった方は、(紫朋会事務局経由で)若林までぜひ連絡してください。
 info@shihoukai.net
(幹事)金綱哲一、柴田(井上)富久子、若林(正木)佳子

◆2004年度

19期 3年1組クラス会   written by 上野ヒデ子(旧姓木村)

 爽やかな五月晴れの5月8日、みなとみらいのパンパシフィックホテルにてクラス会を開きました。
  女子だけのクラスなので、子育てが終わるまでは5年に一度にしようと決めていたので、5年ぶりの懐かしい面々でした。
  なかには10年ぶり、20年ぶり以上の方もいて五十路を越えてそれぞれの近況も千差万別。
  でも、顔は卒業当時のままの表情で年月の流れなど全く感じずワイワイガヤガヤあっという間の楽しいひとときでした。
  残念だったのは碇先生が急病のため急遽欠席となりお顔が見られなかったことと、既に鬼籍に入られたクラスメイトがいたことでした。
  まだ子育てしている方もいますが、今度から3年に一度にしようということになり、お開きの後、名残惜しくて全員で日本丸の見えるデッキテラスのお店でお茶を飲みながらの二次会となり、話し足りないおしゃべりをして 再会の約束をして解散となりました。

51期 同期会   2005年3月23日開催

◆2003年度

31期 3年2組クラス会

◆2002年度

14期 3年6組

(紫朋会報 48号 より抜粋)
  私たち14期生3年6組 武田孝担任のクラス会が、11月16日横浜東口の「いらか」という関西料理のお店であり、男性6名 女性7名が参加しました。
  3年前に中華街で先生もご主席されて開かれましたが、そのとき来られなかったけれど今回は参加されたメンバーもいて、やはり懐かしさはひとしおでした。
  55歳の節目というふれこみで行ったので、食事はヘルシーな日本食にしました。
  普段では行かないような高級感のある店で、会費もちょっとお高いかなと心配でしたが、10名以上 集まってくれてホッとしました。
  二次会には男女4人ずつの8人が残り、西口のカラオケで終電近くまで歌いまくりました。
  今回の最遠距離参加者は、前回も駆けつけてくれたメンバーで、クラス会を楽しみにしているそうです。
  遠くにいる人たちには この横浜にくる口実として、また若かったころをふるかえるきっかけとして、近場のメンバーと旧交を深めて、元気に帰っていくのです。

写真は紫朋会報 48号 6ページ目に掲載

15期 3年3組   written by 島田克夫

(紫朋会報 48号 より抜粋)
  長い長い30年間だったのか?それとも・・・・。
去る10月26日(土)、15期3年3組のクラス会を35年ぶりに横浜西口岡田屋モアーズで開きました。
  かつての面影を残す人、全くわからなくなってしまった人、それぞれですが、それぞれのこの35年間を1人ずつ語っていた重みはひしひしと感じました。
  北島先生も大変お元気に参加していただきました。次の日、27日には72歳の誕生日とのことで 花束も贈りました。皆さん懐かしく過ごされた数時間だったようです。
  2次回では皆さんのお得意の のどを披露していただきました。
  参加者は男10人、女8人と先生でした。
  相川先生にもいろいろと ご協力いただきありがとうございました。
  おかげさまで皆さんにも大変喜んでいただきました。
  次回はいつになるか解かりませんが皆さん元気で再開を誓い合いました。

写真は紫朋会報 48号 6ページ目に掲載

16期 3年4組   written by 石井

(紫朋会報 48号 より抜粋)
  平成14年5月25日、16期4組クラス会をコンチネンタルホテル横浜にて開催。
  今回は先生の60歳の節目を記念して集まりました。
  6年ぶり、同期会から3年ぶりの再会。卒業以来の友達もいて楽しいひとときを過ごし、 次回、ニ・三年後の再開を約束してお開きとなりました。

写真は紫朋会報 48号 6ページ目に掲載

◆2001年度

8期同期会   written by 遠井信久

(紫朋会報 47号 より抜粋)
  時は流れて六十年、還暦を迎えることができた学友が集う「第四回金沢高校八期会」は2002年2月23日(土)、横浜駅前のホテルリッチで開かれた。
  四年ごとに開く約束通りナガノからソルトレークへ、旧交の灯は受け継がれた。
  鈴木東司幹事代表の元に前回幹事らも準備に参加して、四回の打ち合わせが行われたのが十年に及ぶ同期会継続の原動力となった。
  編曲された校歌が流れる中、会は伊藤壽枝子の司会で進む。
  紫朋会常任幹事でもある新羅洋一の開会挨拶の後、鈴木が立ちそれぞれ元気な再開を祝った。
  まず総会で、次回は一年短縮して三年後に開催することとし、各クラス幹事を指名し代表に渋谷徹を互選した。
  紫朋会常任幹事は新羅と上曽妙子が続投を快諾した。
  参加者は六十人。国吉一夫の乾杯で歓談の輪が広がった。
  暮れの金高創立五十周年祝賀パーティーに続いて「金高ここにあり」を実感した仲間も。
  初参加者の第一線奮戦談に続き、紫朋会奨励賞を受賞した小関道夫が、ユーモラスに「国立大学生活日記」を披露、満場を湧かした。
  恩師でただひとり参加した望月五郎先生は「次も、その次も参加したい」と。
  伺えば七十五歳になられたという。
「まだ六十」の「荒らぶる」面々は岩崎健一郎のプロ並みのカメラに収まった後、望月先生に続け、と関内の二次会に流れた。

写真は紫朋会報 47号 10ページ目に掲載

42期同期会   written by 小堀奈緒子・村杉亜以子

(紫朋会報 47号 より抜粋)
  2001年5月12日(土)金沢高校食堂にて、第四十二期同期会が行われました。
  私たちが金高を卒業して早七年。
  ほとんどの人が社会人となり、時折「○○さん結婚したんだって!」と言う噂も耳にするようになった 二十六歳の今年、男性二十七名 女性六十二名 計八十九名の方が 来てくださいました。
  御多忙の中、久保先生、小松原先生、今野先生にも来て頂き、懐かしの食堂で「みつわ」さんの用意してくださったお料理を摘みつつ、皆さん話に盛り上がっていたようです。
  つい七年前には、皆同じような高校生だったのに、今では皆さんそれぞれが自分の道を歩んでいらっしゃって、「さすがは金高生!」何だか誇らしく思えました。
  当日の運営においても、多くの方が御協力下さり、初めての同期会にしては上出来だと自負しています。 S君いわく「男は変わらないけど、女はキレイになった!」またいつかどういう機会があったら「男も女も老けたなぁ!」と思うのでしょうか・・・?
  そうならないことを祈りつつ、皆さんありがとう!そしてお元気で!

写真は紫朋会報 47号 10ページ目に掲載

11期 3年2組クラス会   written by 安田慶子(旧姓 新城)

(紫朋会報 47号 より抜粋)
  ポツリポツリと開いておりましたクラス会ですが、ある時は「このペースだと八十才迄に何回もないワ」と云うことで、今回は思いきって、あの鈍行列車での北海道修学旅行以来なんと四十年振りに泊まりということで計画致しました。
  ところがその日が近づくにつれ、結婚式が入った・法事になってしまった・急に親の具合が・・・と云う人、そして夫の入院・はたまたご自分の体調でダウン・とうとうメイン幹事の方も五日前になってキャンセル ということで参加者はなんと十人を切り「七人の○○○○」に。
  それではと手抜きのサブ幹事は十号場所迄行ってバスに乗ってしまえば らくちんということで、「花めぐり近ツリツアー」に参加申込み致した次第です。
  いよいよ当日バスに乗ったとたん、添乗員さんが深々と頭を下げ「申し訳ございません!!」???
「更殖あんずの里・高田の夜桜・一宮桃源郷・高遠の桜・どれもぜーんぶ盛りを過ぎてしまいました」と確かにこちらを見てのご報告、アレー!!! ま そういうこともあるワ、花は来年も又咲くことだし参加出来たことだけでもシアワセと思っていい方に考えましょうねと。
  片や 宿泊の斑尾高原はまだ銀世界の冬まっ只中でありました。
  露天風呂つき温泉にゆっくり入り 皆うす紅色の桜色に染まって艶っぽく・・・・・
ハハハ誰!!姥桜と云う人は!!
  何と言われましょうとも七人の元ミスヨコハマは真夜中に語りあかしても話は尽きず とびきり楽しい二日間でございました。
  以上 ご報告申し上げます。写真は紫朋会報 47号 10ページ目に掲載

28期 3年3組   written by 渡辺渡

クラス会開催、2001年7月7日(土)
1次会・・午後5時から午後8時まで
場所 横浜駅東口のスカイビル11階 「大陸」という中華料理店
参加者21名(西田さんのお子さん含む)
5時に集まった人が8人くらいで、「全部集まるの」と心配になったが、7時に最後に矢木さんが来て、全員集合!

2次会・・午後8時半から午後11時まで
場所 横浜駅東口のスカイビル27階「クルーズクルーズ」
参加者21名(なんと全員!)

3次会・・午後11時半から午前2時まで 場所 横浜駅西口の「アジアンファイル」というお店
参加者9名(女性2名を含む)

文書は、渡辺さんの了解の下、3年3組のホームページより引用

◆2000年度

3期同期会   written by 金井清子(旧姓 高橋)

3期同期会

 平成十二年十一月十一日(土)午後二時.暑からず寒からずの大変恵まれた気候の下、母校(金沢高校)での再会でした。
  何十年振りにお会する顔触れが半数近く居り、昨年とは一味異った雰囲気で盛り上がりました。
  現校長常木巳喜雄先生が御臨席賜り、記念撮影のあと我々の学生時代とは様変りした校舎並びに校庭を外に出て御案内下さいました。
  運動場に足を入れたとたん大歓声が起りました。
  昔懐かしの想い出が、走馬灯の様に一瞬皆な学生時代にタイムスリップし、生き生きと語り合った。
  あの辺かな、鋸校舎は……あの辺から山に上がって応援の練習をしたとか、男性だけの秘密の基地があった様です。
  又運動の部活は重いローラを引いて地均しが済んでから活動開始の毎日だったわネ等々…… 思いもよらぬ予定外の楽しい一時は、校長先生のお計いのお蔭と幹事一同感謝いたし、同期会に華を添えて頂きました。本当に有り難うございました。

4期同期会   written by 右城栄一

 代表幹事右城大雪に見舞われた二〇〇一年一月二十七日(土)“「ユーカリ会」新世紀を祝う集い”と銘打ってホテルリッチ横浜を会場として決行された。
一月二十七日は旧暦一月四日に当り、二十一世紀のスタートを祝うには格好の日との設定であったが、まさかこんな大雪と重ならなくても…と恨みがましく思ったものだ。
  朝から私の自宅には問い合わせやキャンセルの電話が引きも切らない状況が続き、その都度“九時過ぎには雪も止む”とのアメダスの前日予報を信じて一人ひとりに出席をお願いしたものだが、内心では当初の予定六十名が最悪半分、上手く行って四十名もあり得るかと腹を括って会場へ準備の為に飛び出した。
時間は十一時、依然として雪は止むどころかますます勢いを増していた。
二時を過ぎて一人、二人と仲間が集まり始めた。
嬉しかった!!やっぱり仲間は有難い!!
前日一斉に出席予定者に電話攻撃をかけてくれたクラス幹事の協力には唯々感謝あるのみである。
  恩師中村久先生を交えて五十二名の顔が揃った!!
  本当に涙が出るほど嬉しかった。
  前回の開催から二年二ヶ月、この僅かな間に後日判明した人を加えると三人もの仲間が不帰の人となっているだけに笑顔での再会には一入感激したものだ。
  趣向を凝らした全員空くじなしの“新世紀大抽籤会”。
自転車やキックスクーター、ローラーマッサージ器とかキティちゃんの目覚時計など、老人(?)にも孫達にも喜ばれる景品が盛沢山、全員が歳を忘れ、束の間の十八才を楽しみ、最後は定番のカラオケで自慢のノドを披露。
四期生のシンボル的存在であるユーカリの植樹を母校創立五〇周年の記念に行うべく(仮称)「ユーカリ基金」も立ち上げるなど大フィーバーのうちに楽しい四時間が経過し、二年後の再会を約して散会となった。
  感動を甦らせた大雪も雨に打たれてひっそりと道端にその痕跡をとどめるだけだった。

20期 1年1組クラス会   幹事染谷・松坂・山本(全旧姓)

 二〇〇一年八月二十六日(土)横浜駅東口〈崎陽軒〉にて午後六時から開催猛暑の中、篠原信一先生はじめ二十期卒業一年一組の仲間二十五名が、幹事の思いつきに賛同し集まってくれました。
(紫朋会に連絡すると、一年生の時のクラス会は前例がないと言われましたが。) 三十年ぶりの再会に、受付の時には?の人々も各自の近況・自己紹介に、当時の恋の告白あり、先生に呼び出されたときのエピソードなど、少年・少女の頃のことが甦り話し尽きず、皆かなりの興奮状態で二次会へ。
  好々爺(まだそんな年ではないとまた例の調子で怒鳴られるかも)になっておられた先生の大病された話を伺い、担任だった頃の今の私達よりかなりお若かったと知り驚きました。
  三十年の時を越えて打ち解ける仲間のいる幸せを感じ、またの再会を約束してお開きになりました。
  今回幹事の準備不足のため連絡がつかず出席できなかった方々ごめんなさい。
  次回はぜひ、もっと多くの方にお集りいただけるようにしたいと思います。

24期 3年6組クラス会   wriiten by 金澤真司

 平成十二年十月二十一日(土)さわやかな秋晴れの日、もみじ坂のマンダリンホテルに大黒先生を含む二十二名(男性十二名・女性九名)の参加で四年ぶりの同窓会を開きました。
  我がクラスはオリンピックの年に同窓会を開くと言う約束のもと、卒業以来続いています。
  今回は二十世紀最後の年でもあるので、ちょっと豪華にホテルでのコース料理(懐石風フランス料理)としゃれ込んで見たものの、三十分もするといつもの居酒屋パターンと化して、どこの席で誰の料理を食べているのかわからなくなりました。
やはり我がクラスにはフランス料理は向かないみたいです。
  そのままの勢いでカラオケボックスに突入しました。
歌はやはりフォークソング(今で言うニューミュージックかな)歌とともに当時の事を思い出して、金高は自由でほんとうに楽しかったと…そして今、こうして同窓会に参加出来ることに感謝! また、四年後オリンピックの年に会いましょう。



横浜市立金沢高校・紫朋会会員の個人データは責任を持って当事務局が管理しております。詳細はこちらを参照願います。

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